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広島地方裁判所 昭和52年(ワ)645号 判決

原告 国

代理人 藤田典人 小下馨 田尾隆美 栗野悦雄

被告 有限会社本多建設 ほか一名

主文

被告らは、原告に対し、各自九四一万六九五九円及び内金七一二万三〇〇五円に対する昭和五一年五月五日から、別紙(一)の金額欄記載の各金額に対する各支払日の翌日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自一一九四万六四六六円及び内金九〇七万九〇一九円に対する昭和五一年五月五日から、別紙(二)記載の各支払金額に対する各支払日の翌日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告本多昭範(以下、被告本多という。)は、昭和四九年二月一日午後二時ころ、被告有限会社本多建設(以下、被告会社という。)所有の小型ダンプカー(以下、被告車という。)を運転して広島市瀬野川町中野成岡、訴外本川隆方横の幅員三・三メートルの市道を南西に向け進行中、同所の左カーブの上り坂付近で折から同市道を対向してきた訴外松嶋和美の運転する自動二輪車に被告車の右前部を衝突させ、訴外松嶋を自動二輪車とともに同市道の被告車進行方向の右側の小川に転落させ、同訴外人に対し急性硬膜外及び硬膜下血腫の傷害を負わせた。

2(一)  本件事故は、被告本多の過失により生じたものである。すなわち、本件事故現場付近は、傾斜約一七度の上り勾配であり、幅員は約三・三メートルの狭い道路であり、カーブの曲り角にはカーブミラーが設置されていたのであるから、このような道路を小型ダンプカーを運転して上る場合には、自動車運転者としては、上方から相当な速度で進行してくる車輌があることを予想して、カーブミラーで上方から下方に至る車輌の有無を確認し、車輌がいる場合には前記左カーブ下方にある幅員の広い道路部分に避譲するなどして対向車との衝突を避けるべき義務がある。しかるに被告本多は、右義務を怠り、カーブミラーで訴外松嶋の自動二輪車を発見しながら漫然と進行した過失により、本件事故が発生したものである。

(二)  被告本多は、被告会社所有の被告車を運転して被告会社のために建設資材を建設現場に運搬中に本件事故を惹起したものであり、被告車は、被告会社が自己のために運行の用に供していたものである。

(三)  したがつて、本件事故につき、被告本多は民法七〇九条により、被告会社は自賠法三条により、訴外松嶋に対し損害賠償義務を負うものである。

3  訴外松嶋は、本件事故により、事故発生の日から昭和五二年二月一日までの間に、治療費として七六九万七六五三円及び休業による損害として四三四万五六八〇円の合計一二〇四万三三三三円の損害を被つた。

4(一)  訴外松嶋は、本件事故当時、瀬野川郵便局に勤務する郵政事務官であり、郵便外務事務に従事中本件事故にあつたものである。

(二)  そこで、原告は、本件事故によつて訴外松嶋が被つた傷害について、前記治療費合計七六九万七六五三円を国家公務員災害補償法一〇条に基づく療養補償として別紙(三)治療費明細表のとおり同訴外人に支払つた。

(三)  したがつて、原告は、同法六条一項の規定に基づき、その各支払日において、右療養補償額を限度として訴外松嶋が被告らに対して有する損害賠償請求権を取得した。

5(一)  原告は、訴外松嶋が本件事故によつて受けた傷害の治療のため公務に従事しなかつた昭和四九年二月一日から昭和五二年一月三一日までの間について、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する法律四条による郵政事業職員給与準則(昭和二九年六月一日公達四三号)及び公共企業体等労働関係法八条による郵政省と全逓信労働組合、全国特定局従業員組合間の特別休暇等に関する協約(昭和三二年一一月二六日締結)に基づき、給与として四三四万五六八〇円を別紙(四)給与明細表のとおり同訴外人に支給した。

(二)  右給与の支払は、前記法令等に基づく義務の履行としてこれをなしたものであるが、原告は、右支払により訴外松嶋の就労不能による損害を全額負担したことになる。したがつて、原告は、民法四二二条の法意により、右給与の各支払日において、右支給額を限度として同訴外人が被告らに対して有する損害賠償請求権を取得した。

6(一)  原告は、昭和五一年五月四日、自賠責保険金七〇万一〇四二円の支払を受けた。

(二)  そこで、原告は、右保険金の内金六〇万四一七五円を前記療養補償及び給与の各支払日の翌日から昭和五一年五月四日まで年五分の割合による遅延損害金の全部に、内金九万六八六七円を元本の一部にそれぞれ充当した。

(三)  その結果、昭和五一年五月五日現在における原告の被告らに対する損害賠償債権元本は九〇七万九〇一九円となる(昭和五一年五月五日から昭和五二年二月一日までの損害額は、別紙(三)治療費明細表及び別紙(四)給与明細表のとおりである。)

7  よつて、原告は、被告らに対し、各自一一九四万六四六六円及び内金九〇七万九〇一九円に対する昭和五一年五月五日から、別紙(二)記載の各支払金額(昭和五一年五月五日から昭和五二年二月一日までの治療費及び給与の合計額二八六万七四四七円)に対する支払日の翌日からそれぞれ支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、被告本多が原告主張の日時場所で、市道を南西に向け進行中であつたこと、訴外松嶋が右市道を自動二輪車で対向してきたこと、同訴外人が自動二輪車とともに市道の被告車進行方向右側の小川に転落したこと、はいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の(二)の事実は認めるが、(一)及び(三)の事実は否認する。

3  同3ないし5の各事実は知らない。

4  同6の(一)の事実は認めるが、(二)、(三)の各事実は知らない。

三  被告らの主張

1  本件事故は被告本多の過失により発生したものではない。

被告本多は、被告車を運転中、本件事故現場は進行方向に向かつて左にややカーブとなつているところ、付近に設置してあるカーブミラーにより訴外松嶋が自動二輪車を運転して対向してくるのを発見し、クラクシヨンを吹鳴して注意を与えるとともに、道路の左端に避譲停車し、同訴外人が安全に通過できるよう配慮したものである。しかるに、同訴外人は、前記のようにカーブミラーが設置してあるのに、慢然進行して来て、被告車の直前に至り初めて同車を発見し、慌てて避けようとして運転を誤り、側を流れる川に転落し受傷したもので、被告車と右訴外人の自動二輪車が衝突した事実はなく、本件事故の発生原因は一方的に同訴外人に存する。

2  仮に、被告本多に過失があつたとしても、本件事故の発生については訴外松嶋にも過失があつたから、過失相殺を主張する。

四  被告らの主張に対する認否

被告らの主張1、2はいずれも争う。

第三証拠<略>

理由

一  被告本多が、昭和四九年二月一日午後二時ころ、被告車を運転して広島市瀬野川町中野成岡、訴外本川隆方横の幅員三・三メートルの市道を南西に向け進行し、同所の左カーブの上り坂付近に差しかかつたこと、同市道を自動二輪車を運転して対向して来た訴外松嶋が、右カーブにおいて、自動二輪車とともに市道の被告車進行方向右側にある小川に転落したことの各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、<証拠略>を総合すると、次の各事実が認められる。

まず、本件事故当時の本件事故現場付近の状況は次のとおりである。すなわち、本件市道はアスフアルト舗装されており、本件事故現場付近の道路幅員は三・三メートルであり、被告車の進行方向(すなわち北東から南西)に向かつて上り勾配で、左側(東)にカーブを描いており、道路の東側には田畑や人家があり、道路の西側には小川が道路に沿つて南から北に流れている。本件事故現場付近は、カーブの内側(東)に訴外本川隆方の家屋と生垣が存在するため、道路のいずれの進行方向からも見通しは不良である。しかして、道路上にはカーブ外側の小川への転落を防止するためのガードフエンス等は設置されていないが、カーブ中心付近の小川の西側(市道から小川をはさんで反対側)の山際にはカーブミラーが設置されており、市道を通行する者は右カーブミラーによつて対向車両の有無を確認することができる。

被告本多は、市道のほぼ中央部分を、被告車と訴外松嶋の自動二輪車との衝突地点(両車両が衝突したことは後記認定のとおりである。)から約七・五メートル手前の地点まで進行したとき、前記カーブミラーの中に、衝突地点の南方約三一メートル付近の市道上を対向して来る訴外松嶋の自動二輪車を発見した。被告本多は、進路が幅員の狭いカーブでもあつたので減速しつつ衝突地点の手前約二・七メートルの地点まで進んだ。この時、被告本多は、肉眼で訴外松嶋が衝突地点から約一三・七メートル南方のところまで接近して来たのを確認した。

ところで、被告車は、車長四・六四メートル、車幅一・六九メートルであり、道路の幅員は三・三メートルであるから、カーブを走行する際の被告車の内輪差を考慮しても、被告車と訴外松嶋の自動二輪車とは本件事故現場において充分にすれ違うことができたものというべきである。

ところが、被告本多は、カーブミラーの中に訴外松嶋を発見した後、被告車を左側に寄せて訴外松嶋のために進路を開けるなどして自動二輪車と安全にすれ違うための措置を講ぜず、減速したのみで慢然と道路のほぼ中央部分を進行し、衝突地点に至つたときには、被告車の右前部は道路の右側端にまで進出し、訴外松嶋の自動二輪車の進路を塞ぐ恰好になつた。そのため、訴外松嶋は、被告車の横を通り抜けることができず、同訴外人の進行方向の道路左端において被告車の右前部と衝突し、自動二輪車もろとも小川に転落した。

以上のとおり認められ、被告本多昭範本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、被告らは、被告本多は被告車を道路左端に避譲し停車して、訴外松嶋の自動二輪車が通行できるよう配慮したのであり、同車と被告車とは衝突していないと主張し、被告本多昭範本人尋問の結果中には右主張に沿う部分が見うけられるので、付言するに、<証拠略>によれば、被告車の右前部下方には衝突によつてできたものと思われる凹損部分が存在し、しかも右部分には訴外松嶋の自動二輪車のものと同色の赤い塗膜が付着しており、一方、右自動二輪車の前部フエンダーの凹損部分には被告車のものと同色の塗膜が付着していたこと、そして、訴外松嶋の進路に向かい道路左側部分から小川に飛び込むような形で同訴外人の自動二輪車のスリツプ痕が長さ三・三メートルにわたり残されていたことがそれぞれ認められるところ、右事実によれば、被告車と訴外松嶋の自動二輪車とは前記認定のとおり衝突したことが明らかであるというべく、被告らの前記主張は失当といわなければならない。

三  以上の認定事実によれば、被告本多には、本件事故の発生につき過失があつたものというべきであり、同被告は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた訴外松嶋の損害を賠償すべき義務がある。

また、被告会社が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがないから、被告会社は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた訴外松嶋の人的損害を賠償すべき義務がある。

四  しかしながら、前記認定事実によれば、本件事故現場は、訴外松嶋の側から見て下り勾配で見通しの悪いカーブであるところ、同訴外人は、被告本多が約七・五メートル進む間に約三一メートルも進行し、衝突地点において長さ三・三メートルのスリツプ痕を残しているのであつて、右事実に徴すると、訴外松嶋は、見通しの悪い下り勾配のカーブであるにもかかわらず、充分な減速をすることなく進行したことが窺われるのであり、本件事故の発生については、訴外松嶋にも責任の一端が存するものといわなければならない。そして、被告本多の前記過失と訴外松嶋の過失とを比較考量すると、その過失割合は、被告本多が八割、訴外松嶋が二割と解するのを相当とする。

三  次に、<証拠略>によれば、訴外松嶋は、本件事故により急性硬膜外及び硬膜下血腫の傷害を被つたこと、同訴外人は、本件事故当時、瀬野川郵便局に勤務する郵政事務官であり、郵便外務事務に従事中本件事故に遭遇し、以後休業を余儀無くされていること、しかして、同訴外人は、本件事故発生の日から昭和五二年二月一日までの間に、治療費として七六九万七六五三円、休業による損害として四三四万五六八〇円、合計一二〇四万三三三三円の損害を被つたこと、原告は、国家公務員災害補償法一〇条に基づく療養補償として、別紙(三)治療費明細表のとおり前記治療費七六九万七六五三円を訴外松嶋に対し支払つたこと、さらに、原告は、本件事故発生の日から昭和五二年一月三一日までの間につき、訴外松嶋の給与として別紙(四)給与明細表のとおり四三四万五六八〇円を支払つたことがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告は、訴外松嶋に対し支払つた治療費については国家公務員災害補償法六条一項に基づき、同訴外人に対し支払つた給与については民法四二二条の類推適用により、それぞれ各支払日において、支給金額を限度として、同訴外人が被告らに対して有する損害賠償請求権を取得したものというべきである。

六  ところで、本件事故の発生については、訴外松嶋にも二割の過失が存することは前記認定のとおりであり、同訴外人の被告らに対する損害賠償請求権は右過失の存する限度で過失相殺されることになるから、原告の取得した損害賠償請求権も二割の過失相殺を免れない。

そして、原告が昭和五一年五月四日自賠責保険金七〇万一〇四二円の支払を受けたことは当事者間に争いがないところ、右時点における過失相殺後の原告の被告らに対する損害賠償請求権は、治療費分の合計が支払金額四九八万二九九三円、右時点までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金三五万九八四一円となり、給与分の合計が支払金額二三五万七七一五円、右同様の遅延損害金が一二万三四九八円となる。そうすると、前記自賠責保険金七〇万一〇四二円の内金四八万三三三九円は前記時点までに発生した治療費及び給与各支払金額の遅延損害金の全額に充当され、内金二一万七七〇三円は右各支払金額の元本に充当されたことになる。したがつて、昭和五一年五月五日現在における原告の被告らに対する損害賠償債権元本は七一二万三〇〇五円となる。

次に、昭和五一年五月五日から昭和五二年二月一日までの間に原告が訴外松嶋に支払つた治療費及び給与についても、二割の過失相殺をすると、原告が被告らに請求し得る金額は、別紙(一)のとおりとなり、(合計金額は二二九万三九五四円)、被告らは、原告に対し、各自右各金額とこれに対する各支払日の翌日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を賠償すべきである。

七  以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自九四一万六九五九円と内金七一二万三〇〇五円に対する昭和五一年五月五日から、別紙(一)記載の各支払金額に対する各支払日の翌日から、それぞれ支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を基める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大谷禎男)

別表(一)ないし(四) <略>

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